20160416_ライフログ

nakaharafamily

1:25 ドゴーンという音。気がつくと妻がベッドとベッドの隙間に埋まっており、娘はベッドにしがみついている。猛烈な揺れと音、悲鳴。3人でひとまとまりになるも、暗闇の中で何もコントロール出来ない。キッチンの扉が外れて飛んできて背中に突きつけられている。本当に死ぬかと思った。「大丈夫よー」と叫びつつも、ぼくの体はガタガタ震えていた。

1:26 状況把握。昨日と違い停電している。あの重い冷蔵庫が大きく揺れて、入り口を塞いでいた。隙間からキッチンを覗くと食洗機が床に落ち、水が溢れている。確実に昨日の地震より規模が大きいのが分かった。早く逃げよう。

ベランダ経由で壊れた窓からリビングへ移動。床に転がっていたノートPCを見つけて、バックライトをたいまつ代わりにする。部屋の中は昨日よりも滅茶苦茶で、テレビもトールボーイのスピーカーも倒れている。運良くサブめがねが転がっているのを見つけて装備し、2台のあいほんと家のカギ、妻のリュックの回収に成功した。避難経路を確保して寝室に戻り、その辺の暖かそうな衣服、オムツセットを掴んで部屋を出る。あいほんのLEDライトが強力でとても助かった。

1:35 自宅からマンションを出ると、近所の靴屋が倒壊していて絶句。。メガネの無い妻とベビーカーの娘とひとかたまりになって、注意を促しあいながら逃げる。上から落ちてくるモノが無いかと心配だ。近隣の人と声をかけあいながら、避難所の慶徳小学校を目指す。

僕も妻も興奮状態になっているのか、声が2倍くらいの大きさになっていた。脳内でコールドスタンバイしてた、非常時用のサブシステムに切り替わったんだろう。ガタガタしつつも、わりと冷静だったのを覚えている。

1:50 慶徳小学校に着くと、昨日より沢山のひとで溢れていた。体感した恐怖の影響か、緊張感が段違いに増している。娘が放心状態でお人形さんみたいになっていて心配だ。怖いに決まっている、お父さんも怖い。

消防車が入ってきて、消防士の方がスピーカーマイクで状況についてのアナウンス。建物内での避難も可能だが、安全面としては屋外を勧める。各自の判断に任せる。との事。地震から30分も経って無いのに、一流のプロが準備を整え、陣頭指揮をとってるのは凄い事だと思うのよね。彼らにも僕と同じように家族が居るわけで。どうするか迷ったが、娘の手足が冷たくなっているのが気になり、昨日と同じ体育館に避難する事に決めた。大丈夫、ここいらの建物の中で一番丈夫に違いない。と、自分に言い聞かせる。

2:30 周囲の親切な方から、マットと毛布をいただき寝床を確保。本当にありがたい。

ネット経由での情報収集パトロールをしてみると、阿蘇大橋が無くなってるとか信じられないニュースが。。竜神橋といい、阿蘇神社といい、熊本人のアイデンティティが奪われていく感。何も言えない。。被害は極めて甚大であり、益城と並んで熊本市内も危機的状況であることを認識した。とりあえず、ここにいることは得策ではない。そう思い実家の芦北に避難することを決断する。

5:00 芦北に戻るためには、自宅マンションに戻り、足となる車と最低限の荷物を取ってこないとならない。妻がとても心配そうだ。

5:30 朝日の照らしだした自宅マンションは、シルバニアファミリーのお家を両手でシャッフルしたような感じになっており、思わず笑ってしまう。倒れたテレビとスピーカー。MacBookAirもねじ曲がっている。昨日の片付け作業がリセットされたように本と書類が散乱。台所では、所定の位置から大きく動いて、寝室への道を塞いでいた。ベランダに回って逃げられなかったら、大変なことになっていた。ガスコンロもホースを引っ張るように落下。炊事の時間帯でなくて本当に良かった。揚げ物なんかしてた日には、大やけどではすまない。間違いない、僕らの家族は本当に運が良かった。

なんとも言えない気持ちになったが、留まることは危険。事前にリストアップしておいた荷物を回収する。

6:00 今のうちにガソリンを入れておこうと思い、浜線バイパスの24時間ガソリンスタンドに向かう。玉泉院の屋根の上のオブジェが倒壊している。。。あまりにもデストラクションな光景だ。皆考えることは同じなのか、スタンドには行列ができていた。待ち時間30分。満タンにするのアレかと思い、芦北に帰るのに十分の量を補給した。

7:00 自宅マンションに車を置き、妻と娘を迎えに再度慶徳小学校へ。その途中、あいほんからいつもの目覚ましアラームのジャック・ジョンソンが流れてきた。いつもの日常とはまるで違う朝。だけど、一番大事なものはちゃんと手の中にある事がわかり、ちょっとだけ泣いた。

7:30 セブン-イレブンでかろうじて買うことが出来たスイーツとコーヒーで朝ごはん。理不尽に日常をすり替えられると、意地でも日常のルーチンを維持したくなる。地震が来ようが、甘いものとコーヒーは正義である。

8:20 一家揃って芦北に向けて脱出開始。名前をつけるのであれば、グレート・エスケープ大作戦。睡魔と戦いつつ、国道3号線を下る。九州道は橋が落ちてしまっていて、道を塞いでいるらしい。三菱自動車のビルが派手に転んで、今にも崩落しそうな感じになっている。今思うと、三菱自動車踏んだり蹴ったりだなあ。

11:30 3号線は宇土ぐらいまでがすごい渋滞。道路がボコボコになっていて、みんな自然とスローダウン状態になっていた。鏡線が途中通行止めになっていたので、県道14号線に移り、3号線に戻るという回り道を強いられる。高田くらいまで来ると、だいぶ日常的な風景に戻りつつあった。最後のラストスパートということでセブンイレブンでコーヒーを投入。流通が途絶えているせいか、さほど地震の影響を感じない八代市でも、商品の品揃えはだいぶ悪くなっていた。

12:30 芦北の実家に到着。両親が車のところまで笑顔で出迎えてくれている。娘は「なんで急にじいじばあばの家に来たんだろう?」と不思議そう。自分たちが体験した震度7✕2 を語りながら、お昼ごはんを食べる。親父から勧められたビールを流しこんだら、あっという間に緊張が緩んでいく。途端に睡魔が襲ってきて、夢も見ないほど深い眠りについた。

20160415_ライフログ

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7:00 たいして眠れないまま朝を迎える。暖を取る毛布は配られ、朝ごはんまで用意されていた。感謝、、、圧倒的感謝ッ。こういったものを用意してくれる人が居て、必要に応じて周囲と分け合う。右と左とか言わなくても、おれはこういった日本が大好きだと言える。

8:00 なんかちょっと落ち着いた気がして、自宅マンションに帰る事にする。余震は頻発してたが、心のなかに勝手に終わった感。未熟、実に未熟。余震ではなく、前震であったこともつゆ知らずに。お仕事はリリースも延期予定でお休みしても可との事。ありがたい。

10:00 家に帰ってとりあえずボーッとしてた。いまのところ片付ける気力なし。前震の余震は頻発、心は休まらない。

11:00 妻が作ってくれたおにぎりと卵焼き頂く。ほんとうにおいしい。大丈夫の味がする。

16:00 気がついたら2時間位寝てたみたい。結構疲れているはずだけど、思い切り眠れない。普段、あまり物怖じしない娘が、床に映る影を見て「こあい」を連発。
とりあえず、今晩のごはんと掃除用具の確保のため、車で買い出しに出かける。

16:30 八王寺のスーパーダイノブの到着。ダイソー、ゲオ、西松屋、勝烈亭は閉店。そりゃそうだよね、こんな時にとんかつ揚げるなんて自殺行為だ。スーパーとドラッグストアが開店して物を売ってる、すでにもう奇跡。スタッフの皆様、お疲れ様ですという気持ち。

16:45 カップ麺ともやし、炭酸水、のんきにビールなどを購入。懐中電灯や乾パンとか買うものはたくさんあるであろうに。この時点で水は既に売り切れていた。この時、自分の中では熊本地震は終わっていたのであった。タイムマシンで戻って、そのときの俺にゲンコツかましたい。

19:00 カップ麺とカレーメシ、もやし炒めを頂く。娘には普段通りの幼児食。おいしいねえおいしいねえとか言い合える幸せ。こんな状況でもREGZAが勝手に録画してくれてた、とと姉ちゃんを見たりする。

20:00 お風呂を沸かすもお湯の色は茶色でわろす。今思うと蛇口から出てくるだけでもありがたいンだよね。グズる娘を捕まえて一緒に入浴。

21:00 妻と二手に分かれて部屋の片付け。目の前にはたくさんのモノというモノ。持たない生活がいいのかもしれませんねえ的な話をするなど。

23:00 猛烈な睡魔に襲われベッドに向かう。いいないいな人間っていいな暖か布団で眠るんだろなって思ったら大間違いだったわけで。

20160414_ライフログ

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21:00 健康診断にて、一年間で4キロ強太っていたことと、明日の仕事でのリリース予定にしていた機能についてウダウダ考えつつ、娘とお風呂に入る。

21:26  風呂から上がり娘の寝かしつけを妻に託し、PCに向かっていた。急に「ドンッ」という音が鳴ったあと激しい横揺れ。立ってられない。「大丈夫かー」と叫びつつ、妻子の居る寝室に向かおうとするも、廊下の本棚が倒れて道を塞いでいる。台所がめちゃくちゃで足の踏み場がない、大変な事態であることをここで認識する。妻から「大丈夫ー」「まず靴を履いて!」との声に、玄関のM1300 を履いて寝室に向かう。食器や調味料のビンが割れ、ガラスが散乱している。寝室の二人を確認して一安心。まじハンパねえ。

21:30 リビングに戻ると、家具が七転八倒している。。。机の隣にあった本棚が豪快に倒れていた。タイミングが少し違えば下敷きになってたなコリャ。とりあえずiPhoneを探すのはApple信者の性か。実家に電話するもつながらないので、FaceTimeで実家で連絡、お互いの安否を動画で確認しあい安心。

21:35 地震の情報・避難所の場所などの情報収集を妻にお願いし、避難経路の確保を考える。本棚はガッチリ廊下にハマっており、小太りの男性の力でなければ元に戻せないくらい。とりあえず割れたガラスで怪我をしないように、台所の片付けに着手し始める。お気に入りのファイヤーキングとマリメッコのマグカップが割れてる(;;)けど、生きてるだけで丸儲けなので、タブトラックスにガシガシと割れてるもの仕分けをしつつ、モノの配置に防災意識が欠けていた事を痛感する。

22:30 とりあえず、避難経路確保。地震の規模から、火事など二次災害のリスクを感じ、近所の慶徳小学校に避難することを決める。とりあえず、着の身着の儘スタイルを念頭に、温かい着物、幼児セット、iPhone、ipad、充電セット、お財布、家と車の鍵を探しだしかばんに詰め込む。事態が飲み込めない娘をベビーカーに乗せて出発。近所の建物もけっこう壊れている。。。妻と近所の馴染みのおっさん達を心配する。

22:45 慶徳小学校につくと、結構集まって来ている。小学校の中に入れてもらえるとの事なので、3Fの体育館へ。こんな感じで小学校に初登校することになった娘を不憫に思う。体育館のマットを貸して頂き、とりあえずの寝床を確保。iPadProを巧みに使う隣の女子とお互いの恐怖について語り合う。AnkerのPowerPortがつなぐ縁、持ってきてよかったと思う。

23:30 ついった、FB、LINEを中心に情報収集。友人たちとのやり取り・安否確認を経てちょっと安心する。錯綜する情報の中、すこし興奮状態にある自分に気がつき戒める。娘は「こあいこあい」が言って眠りについて不憫だ。妻と生きてて良かった事を実感し横になった。頻発する余震で、眠りにつくのは難しそうだけど。